糞便微生物移植(FMT)で犬の慢性下痢など不調の緩和を目指す
動物の腸内フローラを整え、生活の質を向上させる「糞便微生物移植(FMT)」に注力しています。
- 兵庫みなと動物病院 兵庫県神戸市兵庫区
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- 豊福 祥生 院長
頼れる獣医が教える治療法 vol.085
目次
日々研鑽を積む獣医師らの力によって、命を救う高度医療はとても発展しています。一方で私自身は、動物たちの生活の質(QOL)に着目した医療に取り組みたい思いがあります。そこで当院では、コンセプトを「中症を軽症に、軽症を無症に」とし、現状より少しでも良い状態にすることで、動物が健やかに、そして飼い主様が心穏やかに過ごせることを目標としています。
勤務医の頃、重い病気の動物に懸命な治療を施した経験があります。長生きしてもらうために治療し続けたものの、いざ亡くなった際に飼い主様が「あまりにつらかったので、もう動物は飼いたくない」とおっしゃられ、それが深く胸に刺さりました。治療を頑張ることが、必ずしも幸せにつながるとは限らない。だからこそ、「より良く生きる」ことを目指す医療が必要だと感じたのです。
痛みやかゆみといった身体的な苦痛はもちろん、精神的な不安や恐怖も取り除いていくことです。ストレス耐性を高める取り組みや飼育環境の整備などを通じて、「病気と闘う」のではなく「病気と付き合いながら」でも、動物と飼い主様が共に幸せな時間を過ごしていただきたい。それが、私の描く理想です。
次世代シークエンスという遺伝子解析技術の進歩によって、腸内環境と様々な疾患の関係が明らかになってきました。人や動物の腸内は、そこに棲む菌の多様性やバランスが健康状態に影響を与えており、下痢や便秘といった消化器系疾患のほか、代謝やメンタル、アレルギー・自己免疫性疾患などとも関わりが判明してきています。
糞便微生物移植(Fecal Microbiota Transplantation: FMT)は、健康なドナーの腸内細菌を病気の動物に移植することで、腸内細菌叢(腸内フローラ)の改善を図る治療法です。従来の方法では、麻酔下で内視鏡を用いるのですが、当院では、低侵襲な「浣腸法」で移植を行っています。麻酔が不要なため、高齢の子、心臓や腎臓に疾患を抱える子にも対応が可能です。
また、抗生剤や下剤を使って既存の腸内細菌を減らしてから移植する手法もありますが、それ自体が不調を招く可能性もあるため、当院では使っていません。腸内細菌の構成を分析する「腸内フローラ検査」も併用し、移植に進むかどうかの判断や、移植の効果をみるための材料にしています。
この治療法を取り入れて3年ほどですが、犬の慢性下痢症の改善に手応えを感じています。抗生物質を飲み続けなければ症状が抑えられなかった子が、移植によって薬を卒業できたケースもあります。
私が所属している研究会では、健康状態を把握したドナー便を凍結保存し、提供できる体制が整えられています。2025年7月現在、関西地域でこの会に所属し、FMTを実践している獣医は私だけですので、興味を持たれた方はご相談ください。
アレルギー性皮膚炎や代謝の異常、ストレス反応による攻撃性の改善などにも、波及的な効果を感じています。菌の働きによって脂肪燃焼が促され、体が引き締まったケースもありました。腸内環境が情動やストレス耐性に影響するのは、人も動物も同様です。非常に怖がりだった子が、FMT後に落ち着いてきて、飼い主様が驚かれたこともありました。炎症を抑える働きを持っている菌が増えてくれることで、アレルギー疾患に対しても改善が期待できます。
がん治療の緩和ケアに活用したケースもあります。すでに手術も抗がん剤も適応でない状態の子に、QOL向上の目的で提案しました。食欲がなく嘔吐も激しかったのですが、移植後は食欲が戻り、吐く頻度も減っていきました。残念ながら亡くなってしまいましたが、最期まで表情は穏やかで、飼い主様も「この子らしく過ごしてくれた」と感じてくださいました。
標準治療を試しても改善が難しい場合や、薬の量が多く、少しでも減らしていきたいと考えているケースでご検討ください。慢性下痢や皮膚病だけでなく、不安傾向や怖がりな子にもアプローチ可能です。ただし、いきなりFMTを選ぶのではなく、まずは標準治療が第一選択。その後しっかりと診察を行い、適応かどうか判断していきましょう。
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動物の腸内フローラを整え、生活の質を向上させる「糞便微生物移植(FMT)」に注力しています。
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