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- 緑の森どうぶつ病院 豊岡病院 北海道旭川市
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- 榎土 慶 先生
- 曽我部 由希子 先生
頼れる獣医が教える治療法 vol.013
目次
咳や呼吸困難の症状で来院される方が多いですね。
他にも、「ハーハー」と苦しそうな息遣いをしていたり、「ガーガー」とガチョウのような呼吸音が聞こえるようになってから、病院に連れて来られる方もいます。
症状が進行しているケースでは、呼吸が苦しくて自ら酸素チューブに顔を近づけるような子もいます。
呼吸器疾患では、症状が出ているにも関わらず、飼い主さんがそれを異常だと思わず、病気が進行してしまうこともありますので、日頃から注意が必要ですね。
咳の初期症状では、「ゴホッ」と1回だけ咳込むのを「痰を吐こうとしている」と勘違いをされる場合があります。また、短頭種の子では「ガーガー」と”いびき”をするのが普通だと思われて、飼い主さんが病気だと気づかないこともあります。
同じ症状でも、「気管に異常がある」「喉に異常がある」「感染症に罹っている」など、様々な病気が考えられます。
特に多い病気は、「気管虚脱(きかんきょだつ)」でしょうか。近年ではフレンチ・ブルやパグなどにみられる「短頭種気道症候群(たんとうしゅきどうしょうこうぐん)」が増えている傾向があります。「軟口蓋過長症(なんこうがいかちょうしょう)」や、息を吸う際に喉頭が気管側に入り込んでしまう「喉頭虚脱(いんとうきょだつ)」などが、複雑に絡み合う病気です。
高齢の大型犬に多い「喉頭麻痺」「慢性気管支炎」や、仔犬に多い「ケンネルコフ」などの感染症も考えられますね。
診察の際には、問診、触診、視診、聴診、そしてX線検査を行います。確定診断のためには、気管支内視鏡検査や、他施設へ依頼してCT検査を行う場合もあります。
当院では、気管支内視鏡検査に2.3ミリの電子スコープを使用しているので、小型犬の気管支まで鮮明な画像で観察することが可能です。
犬では呼吸器症状は珍しくありませんが、猫では稀です。
猫では「猫喘息」やウイルス性の感染症で呼吸器症状が見られますが、猫よりも犬の方が呼吸器疾患を起こしやすいですね。
犬種の特異性として、短頭種に短頭種気道症候群が多く、ヨークシャー・テリア、ポメラニアン、チワワなどでは「気管虚脱」が多くみられます。
「短頭種」というと、パグやフレンチブルドッグを想像されると思いますが、シーズーやチワワも短頭種です。短頭種は、「低い鼻」や「短く太い首」など解剖学的構造が原因で、咳や呼吸困難など呼吸器症状が多く見られます。
短頭種に限らず全犬種で見られる病気で、猫でも起こるものとしては、「気管虚脱」があります。
気管虚脱は、空気の通り道である気管が途中で潰れてしまい、呼吸ができなくなってしまう病気です。ヨークシャーテリア、ポメラニアン、チワワ、そしてトイ・プードルなどの小型犬でよく見られますが、ラブラドールレトリバーや柴犬などにも多く、それ以外の犬種でもみられる病気です。
発症年齢も、若齢から高齢まで様々ですね。ヨークシャーテリアやポメラニアンなどの好発犬種では若いうちから発症することがあります。本当に早い子では、生後6か月で気管虚脱の症状が出ることもあります。
気管虚脱は、気管の狭窄の度合により4段階に分類されます。一番症状の軽い「グレード1」では25%以下の気管の狭窄、最も進行している「グレード4」では75%以上の狭窄となります。
虚脱の初期病変は、90%以上が頚部気管で、進行するにしたがい胸部気管、さらには気管支へと潰れる範囲が広がっていきます。
グレード4になるまで無症状の子もいますし、グレード1から症状が出る子もいます。症状としては、軽い咳から始まり、嘔吐をするような動作や「ゼーゼー」とした呼吸音、末期ではチアノーゼや呼吸困難も現れます。
初期の症状では、喉に何か詰まったような咳(空咳)や、水を飲んだ時にむせるような仕草などが特徴的です。ですから、咳と気づかないことが多い。進行に伴い徐々にその回数が多くなり、また一度の咳が長く続くようになってきます。
そして、いよいよ重度になると、毎日のように咳が出て、なかなか止まらなくなります。また、速い呼吸が続くと、ガチョウが鳴くような「ガーガー」といった咳や呼吸が出ることがあります。いわゆる「ガチョウ鳴き様発咳(Honking chogh)」です。これだけを聞いても気管虚脱とわかるような特徴的な音です。
また、この時期になると、いよいよ気管が狭くなり、呼吸困難も発現します。「ヒューヒュー」「ゼーゼー」といった喘鳴音が聞こえ、チアノーゼの発現もあります。梅雨や夏場に症状が出やすくなりますが、季節の変わり目や乾燥しすぎている場合にも出やすいようです。
さらに、気管虚脱には、潜行性かつ進行性という、”もう一つの顔”があります。グレードの進行に伴い症状が的確に進行する場合もありますが、ほとんど症状がないままグレード4まで進行し、手術さえ手遅れになる、というケースも時々みられるのです。そのようなケースでも、飼い主さんによくよく聞くと、「そう言えば昔に軽い咳が出ていることがあった」ということが見受けられます。
だからこそ、軽い咳や、ちょっとした空咳でも、ちゃんと診察を受けた方が良いのです。
気管虚脱の原因については、まだ解明されていないことが沢山あります。はっきりとした原因は不明ですが、軟骨細胞や軟骨気質の変化が解明されていて、遺伝的な要素や軟骨異常などが関連しているものと思われます。
治療は、「内科的治療」と「外科的治療」に分けられます。
内科的治療では、咳止め、気管支拡張剤(気管は拡がらない)、去痰剤、抗炎症剤(ステロイドなど)、酸素療法があげられますが、根本的な治療にはなり得ません。あくまで対症療法(症状を軽減するための治療)で、潰れてしまった気管を元に戻すためには、外科的治療が必要となります。
しかし、以前は、外科的治療しか方法がないとわかっていても、虚脱した軟骨を元に戻すという治療法が存在していませんでした。注射器をラセン形に切って気管の外に入れたり、人の胆管用のステントを入れるなどの方法がありましたが、思うような成績は残せていませんでした。つまり、難治性疾患だったのです。
この感覚は今でも定着していて、「気管虚脱は治らない病気」として呪縛のように固定観念が根深く残っています。この呪縛を解く鍵をみつけたのが、大阪の小儀先生です。
1990年、光ファイバー用のアクリル剤を利用し、ラセン状に加工した気管外プロテーゼを考案したのでした。これまで治すことができなかった難治性の病気「気管虚脱」が、手術によって完治することも可能となったのです。
1990年の小義先生のご発表を聞き、私自身も約10年の間に20例の症例に、その手術を行ってきましたが、そこで分かったのは「ラセン状」という形状がどうしても問題を生じる、ということでした。
そこで、2000年に、材料は同じままで形状を改良した「PLLP(Parallel Loop Line Prostheses)」を開発したのです。
ジグザクの円筒形で、バインダーノートのクリップに似た形状で、気管軟骨の力学的な構造を模倣した全く新しいものです。このPLLPを気管の外に装着して、非吸収糸(溶けない糸)を用いて潰れた気管へ牽引を加え、円筒形の正常な形状へ戻す、という手術方法です。通常は、頸部からのアプローチで、頸部気管全域から胸部の第2肋骨付近までは手術が可能となり、ほとんどの症例に適応できます。
手術時間はおよそ1時間半。決して難しい手術ではありません。
手術をした後は、気管虚脱を発症する前と同様の生活ができるようになります。気管が広く確保された状態が維持できるので、気管虚脱以外の合併症状がなければ、術後すぐに薬を飲む必要がなくなります。
それまで咳をして苦しそうにしていた子や、夜も眠れないほどの息苦しさを感じていた子が、普通の生活を送れるようになることが、本当に嬉しいですね。私が飼っているトイ・プードルも、気管虚脱の手術をしてから7年ほど経っています。その前に飼っていたトイ・プードルもやはり気管虚脱で7歳の時に手術をしましたが、老衰で亡くなる16歳まで気管は全く問題なく過ごしました。
PLLPを用いた手術は、600症例を超えました。最近では、1週間で1頭以上のペースで手術をしています。気管虚脱の手術を行っている病院は少ないので、全国から患者さんがいらっしゃっています。国内ではほとんど全ての都道府県から来院されていますし、中国や香港、台湾、アメリカなど海外から来院された方もいます。
手術後に「こんなに元気になりました」とご報告いただけると、獣医冥利に尽きますね。「運動どころか、外への散歩も息苦しくて嫌がっていた子が、手術をした後は自分から散歩に行くようになり、走り回っている」というような話をお聞きすると、本当に嬉しく思います。
まずは、問診や検査をして、その子の状態をしっかりと把握することから始めます。「どのような時に症状が出るか」など飼い主さんのお話を伺ったり、視診、触診、聴診など五感をフルに働かせて診察します。そしてレントゲン検査を行い、総合的な呼吸器全体の状態を観察します。
一つの症状でも、色々な病気が隠れている場合がよくあります。気管虚脱と慢性気管支炎などの合併や、心疾患と気管支の虚脱の合併など、「なかなか止まらない咳」という症状は同一なので、その見極めをしなければならない。
経験も含めて総合的に判断をし、治療へと駒を進めていきます。獣医師は、ベストと思われる治療を提示しますが、選ぶのは飼い主さんです。そのために私たちは、「この治療ならこんな結果が得られ、こっちならばこうなるだろう」と、色々なオプションを出してあげなければなりません。
外科治療に対しても同じ姿勢です。手術をするためには、麻酔のリスクが避けられない。完全に安全な麻酔はあり得ないし、特に呼吸器に病気がある子への麻酔は、十分な管理が必要となります。それを乗り越える意思があるかどうか。その前向きな姿勢がなければ、どんなに最高の結果が待っているとしても、山を越えることはできません。
手術に臨む時は、全身全霊を込めて、病魔と対峙し、「目の前の子の命を助けるんだ」という強い気迫が必要です。それを感じ、信頼してほしいですね。
咳が出ていたら、”おかしい”と思って下さい。繰り返す咳であるなら、すぐに病院へ行って下さい。それでも改善が見られないと思ったら、専門的な病院を探しましょう。普段から咳をしているのに気が付かず、症状が進行してしまうこともあります。気管虚脱は「闇で密かに進行していく」という顔があります。
”いびき”が出ているのは、異常です。短頭種を飼っていて、「夏になると、いつもより”いびき”が大きくなる」という方もいますが、それは病気が原因で呼吸が苦しくなっている可能性もあります。
頚部気管が初発の気管虚脱は治すことができますが、それが胸部まで達している場合には根治が不可能となります。補助的に手術することもありますが、根治目的ではなくなります。高齢の短頭種も、危険性が非常に高くなります。内科療法でしのげる病気であるのか、手術すればどんな未来が待っているのか、見極めをしなければなりません。その選択をするのは、飼い主さんなのです。
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