頼れる獣医が教える治療法 vol.066
私は岐阜大学で獣医病理学を学び、卒業後は製薬会社の研究所で新薬開発に携わりました。専門医の資格を取ったのは、その時です。獣医病理学とは、病気の原因やそれによる動物の体の変化などを研究し、仕組みを解明する学問。病理医はその知識をもとに、病変を観察し、腫瘍や感染症などの種類や進行度などを診断する「病理検査」を担います。それに加え、動物病院での病理検査と診断の精度向上を図るために、臨床医へ指導を行うことも役割のひとつです。
動物病院では、触診や画像検査などで腫瘍が疑われる場合に、病変部の細胞や組織を詳しく調べる病理検査を行うことが一般的です。その中で初めに提案されることが多い検査に、安全性が高く動物の負担も少ない「細胞診」があります。
細胞診は主に、病変が腫瘍か否かの見極めや、良性悪性の判別、進行度などを調べるための検査です。
例えば、犬や猫のお腹にしこりがあり、問診と触診で腫瘍が疑われる場合に細胞診を実施します。腫瘍以外にも炎症などの可能性も考えられるため、原因を明らかにして適切な治療を行うための検査といえますね。病変部に細い針を刺して細胞を採取する「細針吸引法(FNA)」と呼ばれる方法が多く用いられますが、部位によっては、浸出液(患部から浸み出てくる液体)や血液、尿から細胞を採取することもあります。
短時間の検査で麻酔も必要とせず、身体的な負担が少ないことは細胞診のメリットです。診断は臨床医が行うこともありますが、見極めが難しい場合や、より正確な診断を必要とするケースでは、病理医が病理診断(確定診断)を行います。その診断結果から、臨床医は治療方針(手術/抗がん剤/緩和ケアなど)を決めていきます。
まずは、検査に必要な細胞を採取します。できものやしこりが体表面や体内の浅い箇所ではなく、お腹の奥深い位置にある場合、当院では超音波で内部の状態を確認しながら針を刺して抽出する「超音波ガイド下FNA」を実施しています。
そして採取した細胞をスライドグラスに付着させ染色を行い、顕微鏡で観察するための標本を作成します。顕微鏡で細胞を観察し、評価した結果が病理診断です。
正しい診断には採取する細胞の量や状態、また標本作成が適切であることが不可欠。後輩には「良い診断は良い標本から」と指導しています。診断するための知見もさることながら、採取や標本作成の技術も重要となる検査です。
触診でしこりの位置や大きさなどを確認し、問診ではしこりが発生した時期や成長速度などをお聞きします。
その後の細胞診において、多くの動物病院では外部の病理センターへ診断を依頼するため、結果を知るまで1週間程度かかるのが一般的です。当院では病理診断まで私が担当するので、検査開始から約20分後には確定診断をお伝えすることが可能です。そして、それを踏まえ、適切な治療の選択肢を提案しています。犬猫に多い乳腺腫瘍やリンパ腫、肥満細胞腫などのいずれの場合も、診断までの流れは基本的に同じですね。
また手術後には、手術の様子や経過の見通しも詳しく説明します。病理医として、私自身が動物の体や病気を熟知したうえでお話をするため、病状について理解しやすいのではないでしょうか。
診断から手術、その後のフォローも当院で行っています。腫瘍が悪性の場合、治療のスピード感は予後に関わる重要な要素です。検査後すぐに確定診断を行い、その後の治療まで院内で完結できる体制は、当院の強みだと考えています。
しかしながら、診断直後にいきなり手術日を決めるなど、オーナー様を急かすことはしたくありません。全身麻酔を伴う手術や抗がん剤治療は動物にとって大きな負担ですし、費用面が心配な場合もあるでしょう。命に関わることですから、落ち着いてご家族と話し合う時間を持っていただけるように心掛けています。
通常なら、検査結果が知らされるまで1週間程度かかるはずです。当院の細胞診で短縮できた時間を有効に活用していただきたいですね。検査当日は結果と説明を聞くだけにして、2~3日後に改めて来院される方もおられます。ゆっくり考えていただきたいです。
南分動物病院
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負担の少ない細胞診でしこりの原因や腫瘍の良性・悪性を判別。病理専門医が迅速に確定診断を行います。
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